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2006年12月20日 (水曜日)

「言論の自由」を開いた印刷機 パート2

議会内外での発言封じに対抗

チャールズがジュネーブで学んだのは、これらの科学知識だけではなかった。その町は、おりしも哲学者ジャン=ジャック・ルソーの影響下にあった。市民の自由を求める透徹した共和主義思想である。スタンホープ伯爵はそのとりこになった。貴族なのに、急進的な自由主義を唱え始める。

イギリスの政局では、18世紀の末になって、政治の改革が唱えられていた。おりしもその先頭に立ったウィリアム・ピット首相は、実はチャールズの義弟だった。ところが、その矢先、対岸のフランスで大革命が勃発。あまりの過激さに、ほとんどの改革派は反抗して、逆流がはじまった。

このとき議会の中で、スタンホープ伯爵だけが、フランス革命支持を表明。もちろん孤立し、「たったひとりの少数派」と揶揄された。

首相は義兄に抑圧をかけ、議会の内外での発言を封じるようになる。

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