怪談

2017年7月26日 (水曜日)

行ってはいけない場所 絶対ダメ!

これは息子殿から聞いた話なのですが

S町の近くで代々その土地に住んでいる人たちは

絶対近づくなという場所が有るそうです

その道は何の変哲もない道なのです

住宅街の中の道なのです

私も何度かその道の前を通ります

でもその道の中には入りません

どんな言い伝えなのかはわかりませんが

中に入ったら出てこれないそうです

でも整備はされているのです

まるで市川市にある

あの八幡の薮井らずのようで

ぞくぞくしてきます

その近くには

某アウトレットが有るのですが

そう言う話を聞きますと

怪談噺の似合う季節到来なのかと思う次第です

道は離れていますが

近くで子供たちが学校へ向かう途中

事故が有りました

そんな土地でもあるようです

想像してみて下さい

本当に怖い話の似合う季節ですね!

くわばらくわばら・・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

忘れじの思い出 今も出るのか

そろそろ怪談話が出きる季節になりました

私が幼かったころ明治通りと四ツ目通の交わるところに?

とうばく会館と言うパチンコ屋さんが有りました

今は跡地に病院が建っています

以前はその隣に病院が有りました

幼いながらにもテレビのニュースで

その建物が火事で燃えている画面が焼き付いて

離れません

当時は焼け死んだ方がいました

噂でも幽霊が出るらしいと・・・

今建物もや道路も整備され

又その沿線上には錦糸町方面

押上へと続く道に

もう、40年以上も過ぎたのでしょうが

その面影は様変わりも

でも過去の歴史は忘れてはいけないと思いました

いくら賑やかになっても

なぜあの場所は亡くなられ方だいるのです

風化してはいけないと思います

できれば足の有る幽霊でいてほしいです

私の過去の記憶でした

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月15日 (火曜日)

三人のたけし君 嘘か真か?

職場での話しです

10時のお茶japaneseteaの時間に三人のたけし君の話になりました

それは30年以上前のことです

とある団地での出来事

秋のお彼岸近くのことです

団地には子沢山の夫婦が住んでおりました

子どもは6人

上の子供達三人は学校へ行っていて難を逃れたのですが

下の子供達年子で母親が近くのスーパーでお買い物に出ている時

留守番をしていて火遊びをしていたのです

部屋から煙が出ていて二人の子供達が泣きながら逃げてきました

近所の人たちは慌てて消防署に連絡

母親も戻ってきて部屋が燃えているので半狂乱に

一番下の子は生まれたばかりの赤ちゃんです

そのこの名前がたけし君でした

助ける事ができなかったのです

それから一週間後のことです

その団地にはもう二人たけし君がいたのです

二人のたけし君は

たて続きに亡くなったのです

一人は心臓が悪く亡くなりました

最後に残ったたけし君は

父親に連れられて海へ出かけたそうです

こちらは溺死でしたshock

団地で葬式が一月の間に3件行なわれたと

思い出したかのように生きていれば30~40代後半

三人ともたけしという名前だったのよと

重なる時は有るけれども名前が同じ

背筋がぞくッとするお話しでした・・・・・・!coldsweats02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月22日 (金曜日)

小耳に挟んだ話 でるらしい!!

職場での話しです

とある農家で

父・母・姉二人と長男の五人が暮らしておりました

そのうち姉二人が嫁ぎ

長男が通っていた飲み屋の女性を連れて

結婚したいと家に連れ帰りました

ところが母親は気にいりません

嫁姑の折が合わず

長男は出て行くことになったそうです

何年かが過ぎ

舅・姑夫婦は二人暮らしが続きました

姑が病気で亡くなりました

長男夫婦は子どもをつれて戻ってきました

ところが

夕方になると

その家の階段を三段登ったところで

姑の姿が現れるように

階段の目の前は白い壁です

日中はいいのですが

夕方になると・・・・

姑は成仏していなかったんですね

そうこうして何年かが過ぎました

害をなすのではないのですが怖いので

嫁は子どもをつれて出て行ったそうです

残された舅と長男は二人暮らしに

職場の人が知人に連れたれて

その家を訪ねたそうです

やはり夕方にはその階段に姑の幽霊が・・・

今もその家は出るそうです

早く成仏するといいですね

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年7月29日 (日曜日)

蒸し暑くなると・・・・

最近は怪談話がトンとご無沙汰に

夏といえば怪談ですよね

子どもの頃は映画館でよく見たものです

またテレビでも良くやっていました

今でも怖かったなと思う作品は

「怪談落とし穴」という作品です

時代劇ではなく現代劇

内容は忘れているのですが

クラスでもこの怪談についてよく話していたものです

さほど怖くは無いのですが

もう一度見てみたい作品は

西村晃主演の「怪談せむし男」

この作品はシリーズ2本を見たと思います

白黒作品でカラーだったらどうだったのか想像する楽しみもあります

後もう一つ

ホラー漫画といえば楳図かずおの作品で

題名はうる覚えですが漫画の題名は「赤ちゃんが怖い」だったかな

たぶん「蛇娘と白髪魔」という映画で

作者本人が

タクシーの運転手でカメオ出演をしています

怖くは無いけど

コミカルなホラー映画はポランスキーの「吸血鬼」

去年帝劇で「ダンス・オブ・ヴァンパイア」というミュージカルに

スプラッターホラーより声も出せないような恐怖の味あえる怪談話

ありませんかね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月26日 (金曜日)

井上円了の「妖怪学講義」・・・・

こっくりさんや妖怪、もののんけの類などあらゆる超常現象に関する分析・研究残されています。

円了は、収集した怪異談を4つに分類しました。

「偽怪」手品やトリックのあるスプーン曲げなど、人が意図的に作りだいしたもの

「誤怪」幽霊だと思ったら実は自分の影だったような、偶然に見間違えたもの

「仮怪」蜃気楼や不知火など、自然現象で起こる不思議な事

「真怪」3つのどれにも当てはまらない、現在の科学で解明できないもの

怪異談を集めるために、実際に各地へ足を伸ばしました。電話番号に「4」という数字を多用するなど、不吉といわれるものばかりの生活に取り入れてみたり「お化け屋敷」といわれる家に住んでみたりして、自ら実験台にもしたそうです。

妖怪研究が人類の科学の発展に大変有意義になったようです。

こんな人が大学の創設者だったなんて・・・

とても不思議です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『お化け博士』と呼ばれた・・・・

徳川幕府の旧体制が倒れ日本が近代国家として急速に転換していった明治時代。人々が相変わらず信じている妖怪や幽霊というものを、「迷信にすぎぬ」と断言する為に、あえてその研究に半生をかけた学者が居ました。その名前が井上円了です。

1985年、新潟県の浄土真宗の寺に生まれ、石黒塾で漢学を、長岡洋学校で洋学を学び、東京大学哲学科を卒業した仏教哲学者です。1887年(明治20年)には哲学館(現・東洋大学)を創設。1905年に学長を辞した後は哲学堂を設立し、哲学の普及につとめた。

一方では、円了は妖怪の研究にも熱心に取り組んで、1886年には東大の学者や学生たちを中心に「不思議研究会」を設立。日本各地に伝わる妖怪や幽霊、狐狸の伝説、予言等の資料を集めて検討するという研究調査を開始しました。調べ歩いた場所は215ヶにも及び、当時の交通事情をみるとけして楽ではなかったと思います。1892年には「妖怪学講義」を発表。いつしか「お化け博士」として全国にその名前を知られるようになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月22日 (月曜日)

足の在る・・・・

久々に現れたので思い出したのですが

以前

枕元にいつもと違う磨き上げた綺麗な靴を履いた・・・

其処へ電話のベルが 鳴りました

最期のお別れに来たのでしょう

そのとき悟りました

亡くなったことを

後日談に

枕元に立つのと 足元に立つのでは どちらがいい!

冗談を言いながら

その事を思い出しました

今日 布団で寝るのが怖い・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久々に現れた柳模様の・・・・・

時間は午前2時23分夢かな・・・・と時計に目をやる

確かに其処に居る 確実に

髪の毛はオールバック

顔は逆三角形

今回は布団の回りを・・・・

ズッルズッルッと足を引きずるように

ただひたすら布団の回りを歩いている

何か用があるのか

17年ぶりに現れ 何もせず 消えた

柳の模様の着物を着て

金縛りにもならなかった

外は雨 そのまま気絶・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月27日 (月曜日)

怪談 kaidann 東と西

怪談について!

日本の怪談と西洋の怪談の違いはなんだと思いますか?足がある・なし 幽霊・モンスター 夏・冬・・・

日本の場合はやはり夏でしょうね!ジメジメしていて オドロオドロした怖いと声も出ないそんなのが日本やアジア圏のホラー。

欧米諸外国は冬!雪に閉ざされて 身動きができない状態 そしてしっかり悲鳴をあげること 地に足が着いている。

日本はお盆をはさんでのお話しが多いいけど 西洋はクリスマスにみんなが集まって話すことが多いいと聞きます。

春や秋に少ないのはどうしてなのか疑問に思うことは無いでしょうか

意外と面白いのは『雪女』のお話し 舞台は雪国を想像するかもしれませんが、小泉八雲の『雪女』の発祥の地は東京の青梅市なんですって驚き!

| | コメント (0) | トラックバック (0)